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Vol.1 合唱対話篇

第9回 天体の音楽(4)―古代ギリシャ音楽論からグレゴリオ聖歌へ―


古代ローマ時代のトピック

さかわの:
前回は、アウグスティヌスの音楽論を検討しました。アウグスティヌス以降、天界の音楽はどのように理解されていくのでしょう。

KIN:
その点は、ボエティウス(480頃〜524頃)の仕事が大きな影響をもったといわれているよ。

さかわの:
ボエティウス・・。最後のローマ人とよばれた哲学者ですね。

KIN:
彼の著書『音楽教程』は、算術、幾何、天文学、音楽という数に関する4科のうち音楽を論じたもので、その内容はギリシャの数学と音楽論に多く依っていた。具体的には、ゲラサのニコマコス(60頃〜120頃)やプトレマイオス(83年頃〜168年頃)らの業績にかなり負っていたといわれる。

さかわの:
ボエティウス自身のオリジナルの思想としてはどんな点があるのですか。

KIN:
ボエティウスは、音楽を3つに分類したんだ。
「宇宙の音楽」(ムジカ・ムンダーナ)
「人間の音楽」(ムジカ・フマーナ)
「道具の音楽」(ムジカ・インストゥルメンタリス)
という具合に分けている。このうち、実際に人間が聴くことができるのは、「道具の音楽」だけという(道具の音楽の中には人の声によるものも含む)。

さかわの:
古代ギリシャ人による音楽の分類と比べ、種類が増えていませんか?

KIN:
「人間の音楽」の部分が増加しているね。
ボエティウスは、身体と魂が調和していること、魂の部分と部分が統合していること、そして身体の要素と要素が統合していることは、「人間の音楽」であるとする。

さかわの:
「人間の音楽」が特に独立して増えたことは面白いですね。ですが、魂にかかわるリズム論や数的調和については、既にアウグスティヌスがメインテーマとして扱っていましたよね。その点を整理、発展させつつ分類したようにも窺われます。
いずれにしても天体の音楽の発想は、古代ローマ時代以降にも体系的に引き継がれていったのですね。


古代ギリシャ音楽論の影響について

さかわの:
こういった古代ギリシャ流の音楽論は、後々の西洋音楽に対してどのような影響力を持ったといえるのでしょうか。

KIN:
日本で初めて本格的なアリストクセノスの研究をされた山本建郎先生は、「ボエティウスが仕事をした年代からして、音楽論や音律、特に数比にかかわる古代ギリシャの精神は、グレゴリオ聖歌へと直結することになる。それは、精神史の一大驚異である」という趣旨の記述をされている。もっとも、古代ギリシャ音楽論のグレゴリオ聖歌への影響という場合、まずは、東方教会を経由したのではないかという見方が自然だから、その点を含め大掛かりな検討を要するとの注記もついているけどね。

さかわの:
グレゴリオ聖歌は、のちにオルガヌム(9〜13世紀にかけて行われた初期多声音楽)を生んでいきます。
その意味では、古代ギリシャの音楽論とそれを貫くギリシャの合理的精神というものが、現代において合唱をしている我々へどのように影響しているのかを知ることにも繋がっていくと思います。これは、とても興味ある問題ですね。

KIN:
それついては、いずれこの合唱対話篇でも取り上げて、可能な限り明らかにしていくことになると思います。

さかわの:
グレゴリオ聖歌への影響の可能性ということ以外の点については、どうでしょう。

KIN:
例えば、オックスフォード大学では、18世紀に至るまでボエティウスの『音楽教程』が教科書として使われ続けていたといわれているよ。

さかわの:
5、6世紀の人であるボエティウスの本が、西洋の主要な大学の教科書として、近代までずっと使われ続けていたなんて、ちょっと信じられない影響ですね。

KIN:
中世後期にもなると、音楽理論も実践的な面に対してかなり目を向けるようになるのだけど、それでも依然としてボエティウスの名に対しては充分な敬意が払われ、『音楽教程』に記された音楽の数学的基礎は、音階や音程、協和音程の考察の基本として扱われていた。
例えば、『小論』(ミクロログス)を著した、グイード・ダレッツォ(991頃〜1033以降)という人がいる。彼は、音程の数的比率の説明をボエティウスによるとしている。しかし、実はダレッツォの示した音階構成にはテトラコードは用いられていないといわれている。その意味では、古代ギリシャ理論から離れていっている。そのようにして、ボエティウスの著作を理論的な古典とはしつつも、実践面はどんどん進化していったのだね。

さかわの:
なるほど。何となくわかります。
しかし、ボエティウスの仕事は学者として古代ギリシャの蓄積を整理し、後代に伝えたという点が功績として大きいものの、天体の音楽の考え方について大きく画期的な進化をもたらしたというわけではないようですね。


クザーヌスの出現

KIN:
古代ギリシャ流の天体の音楽の考え方に大きく進化が生じるには(アウグスティヌスによるキリスト教との融合の流れを別にすれば)、ルネサンス期を待たねばならないようだよ。
そして、ルネサンス期になるとクザーヌス(1401〜1464)というドイツの神学者・思想家が現れる。この人の宇宙観と音楽論はピタゴラス派の天体の音楽の発想を抜本的に塗り替える内容を持っていたと考えられる。

さかわの:
クザーヌスの名前は聞いたことがあります。
例えば、日本を代表する哲学者である西田幾多郎(1870〜1945)に対して影響を与えたといわれていますね。また、微積分法の発見について発見者のライプニッツ(1646〜1716)に影響を与えた可能性が指摘されています。他にも、ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(1901〜1972)が、「一般システム理論」の先駆者としてクザーヌスの名前を挙げています。

ということで、次回は、クザーヌスの成した業績と天体の音楽への影響について、見ていくことになりますね。

KIN:
そうしましょう

【参考文献】

  • D.J.グラウト/C.V.パリスカ(著),戸口幸策 他(共訳),『新西洋音楽史上』,音楽之友社,1998年
  • 田村和紀夫(著),『文化としての西洋音楽の歩み わたし探しの音楽美学の旅』,音楽之友社,2013年
  • 片桐功他(著),『増補改訂版はじめての音楽史』,音楽之友社,2009年
  • アリストクセノス/プトレマイオス(著),山本建郎(訳),『古代音楽論集』,京都大学学術出版会,2008年
  • 小方厚(著),『音律と音階の科学』,講談社,2007年

by KIN 2014/07/26 




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