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Vol.1 合唱対話篇

第4回 ピタゴラス音律ってなんだろう(1)


さかわの:
この間ツイッターを見ていたら、アンサンブルトレーナーの「もが」さんのツイートの中に、「ピタゴラス音律」という言葉があり、目に止まりました。

KIN:
うん。あったね。

さかわの:
ピタゴラス(B.C582〜B.C496)といえば、ピタゴラスの定理で数学の分野で有名ですし、あとは「万物の根源は数である」という言葉で哲学者としても知られています。そして、ピタゴラス音律というのもあるんですね。

KIN:
ピタゴラスはその著作が全く残っておらず、ピタゴラス本人の書いたものからピタゴラス自身の考えを知ることができないんだ。ただし、ピタゴラスは教団をつくったということが知られていて、そのピタゴラス派の考え方は古代ギリシャでとても有名だった。まあ、いずれにしても合唱という形で音楽活動をしている者としてもやっぱり気になるよね。ピタゴラス音律は。

さかわの:
という訳で、今回はピタゴラス音律の話なのですね。

KIN:
うん、でも、いきなりピタゴラス音律とは何だろうか・・と話し始めても道に迷ってしまうような気がするよ。古代のギリシャにおいて音楽はどういうものとして考えられていたのかを先にみると分かりやすくなると思う。

さかわの:
古代ギリシャでは、音楽は基本的かつ重要な素養として考えられていたというのはよく知られていますね。そもそも、音楽つまりミュージックの語源は、ギリシャ語のムーシケーから来ていますし。

KIN:
そうだね。古代ギリシャの思想家プラトン(B.C427〜B.C347)は、思慮ある優れた生を豊かに所有するために必要となる学科として、第一に算術、第二に幾何、第三に天文学、第四に音楽を挙げている。重要な学問として考えられていたと思うよ。もっとも、プラトンが最も重視していたのはそれらを身に付けた上での「問答・対話法」なのだけどね。

さかわの:
音楽が四大学科の一つになっていたのは何でなんでしょうか。

KIN:
天文学と音楽については、目が、天文学と密接な関係において形作られているのに対し、耳は、音階の調和をなすものと密接な関係において形作られていると考えていたようだよ。

さかわの:
ピタゴラス派も同じ考え方だったのでしょうか。

KIN:
その点は、むしろ、もともとピタゴラス派が打ち出していた考え方に対しプラトンが賛同している形なんだよ。 少し敷衍すると、ピタゴラス派はマテーマ(数学の語源。ギリシャ語で「学問」の意味)を数と量を扱う分野に分けていてね。 このうち、静止している数を扱うのが算術、運動している数を扱うのが音楽、静止している量を扱うのが幾何、運動している量を扱うのが天文学だとしている。

さかわの:
ピタゴラス派にとっては、算術も幾何も天文学も音楽も全部マテーマ(数学)なんですね。

KIN:
そのとおりだね。

さかわの:
どうして音楽が数学の一部分と考えられていたのか、素朴な疑問なのですが。

KIN:
冒頭で、さかわの君が指摘していた「万物の根源は数である」ということも、ピタゴラス派は音楽で発見したんだよ。音の高さと竪琴の弦の長さとの関係を数学的に公式化して、音に関する自然法則を数という形で認識したんだね。

さかわの:
なるほど・・。では、天文学が数学に含まれていたのはどうしてでしょう。

KIN:
これは、ピタゴラス派が、天体全体のことも「音階であり数である」と考えていたからなんだ。

さかわの:
なんだか壮大な考えですね。しかし、それにしても学問とか数学としての音楽というと、少し堅苦しい感じがします。

KIN:
たしかに、いわゆる学校で机を並べて、音楽を刻苦勉励するという図をイメージしてしまうとちょっと違うのかなという気がするね(笑)。例えば、プラトンにとっての音楽を含む学問は、視覚や聴覚によっては決して捉えられない真実の「美しさ」、「正しさ」を掴むためのものなんだ。それが、理想の国の実現に参与する人を育むための学科として必要なんだと、そういっているんだね。その目的を見失った単なる暗記や重箱の隅をつつく研究には、決して重きは置いてはいない。

さかわの:
プラトンにとっては、美や善を最高目的においた理想の国をどうすればつくれるかという意味での教育論の一環としての音楽だったんですね。ピタゴラス派の考え方はどうだったのでしょうか。

KIN:
ピタゴラス派は、「神聖なるものとの同化」こそが根本的な目的であると見ていた。そして数学と数が宇宙の合理性であるとして、それが神聖なものと合一するための鍵であると考えていたんだね。

さかわの:
神聖なものとの同化というのは、ちょっと抽象的でわかりにくいですね。

KIN:
もう少し詳しく説明すると、ピタゴラス派の考えの根本には、「均斉と調和の理念」があったと言われているよ。これは実生活の原理であり、宇宙の最高法則でもあるとされていた。ピタゴラス派は、「世界は形と割合に従って調和的に組織されている」というんだね。そして、形と割合はすべて数に置き換えることができるから、数こそが大もとのものだということになるんだ。

さかわの:
音楽は、「運動している数」そのものだから、音を聴いて数や公式にどんどん置き換えることで世界を理解し、実生活での生き方にも活かそうとしたのでしょうかね。

KIN:
おそらく、そう理解していいのだと思うね。そしてそれは、「運動している量」である天文学を研究することと、車の両輪のように考えられていたんだろうね。

さかわの:
ピタゴラス派の考え方の基本的なところは、だいぶ明確になってきました。ピタゴラス音律というのは、ピタゴラス派にとっては、神聖なものと同化するための鍵としての数学であり、宇宙の法則を明らかにした公式のようなものだったんですね。内容について知るのが楽しみになってきました。

KIN:
では、次回はピタゴラス音律の発見とその内容についてのお話にしましょう。


【参考文献】
 ・プラトン(著),藤沢令夫(訳) 『国家(下)』,岩波文庫,1979年
 ・アリストテレス(著),出隆(訳) 『形而上学(上)』,岩波文庫,1959年
 ・シュヴェーグラー(著),谷川徹三・松村一人(訳) 『西洋哲学史 上巻』,岩波文庫,1939年
 ・桜井進・坂口博樹(著) 『音楽と数学の交差』,大月書店,2011年
 ・キティ・ファーガソン(著),柴田裕之(訳) 『ピュタゴラスの音楽』,白水社,2011年

by KIN 2014/06/24 




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