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Vol.1 合唱対話篇

第5回 ピタゴラス音律ってなんだろう(2)


さかわの:
さて、今日はピタゴラス音律のお話の続きですね。
いよいよ、ピタゴラスがどのようにピタゴラス音律を発見したかということですが。

KIN:
これは逸話が伝えられているよ。
ある日、ピタゴラスが鍛冶屋の近くを通ると鉄を打つ音が聞こえてきた。 その中でいくつかの音が重なると心地よく響いているのに気付いた。金槌を調べると、重さが3:2の比の金槌だった。 ここで、重量の比が3:2のときに鳴る音が協和すると気づいた。ドとソで5度の和音になると。 この他にも重量が2倍の比率のときにはオクターブ、4:3のときはドとファの4度の和音となると気づいた。 その経験を基に、ピタゴラスは音階を数字で規則的に表わそうと努めた。 ドからソの五度音程を基準にし、ソからさらに五度上のレを決める。それ以降もレからラ、ラからミという風に繰り返していくと12回で元のドにまで戻ってくる。 こうして、つくられた音階がピタゴラス音律だということだね。

さかわの:
面白い逸話ですね。でも、本当に金槌の重量と鳴る音との間にそういう関係があるのですか。

KIN:
これについては、「明白に事実に反している」として、論者は否定しているよ。伝説の類の話のようだね。 前回も触れたように、弦の長さと音の高さとの関係に置き換えて考えた方がよいね。


図 ビタゴラスの弦の長さと音の高さの関係

さかわの:
鍛冶屋の逸話は置いておくとして、ピタゴラスが発見した協和する音同士の関係は、すごく綺麗な数字の比率ですよね。

KIN:
そうだね。2:1、3:2、4:3だから、見事に整数比だね。

さかわの:
その中でも、五度の音程の関係、つまり弦の長さの比が3:2の関係になる音程の幅を基準にして音律をつくっている訳ですから、2と3がとても重要な数字になっていますね。

KIN:
確かにそうだね。
ピタゴラス派では、数字の中でも特に全部を合計すると10になる数値、具体的には1、2、3、4の4つの数値を特に重視していたんだよ。 この4つの数字はテトラクテュスと呼ばれ、最も完全な数であるとされた。

さかわの:
ピタゴラス音律をつくるために比の数値として使ったのは3と2だけですが、他の隣り合った数字もオクターブ(2:1)、4度(4:3)ということで協和音を構成する比として考えられていますものね。

KIN:
それ以外にも、ピタゴラス派は、1〜4までの数字に属性を与えていたんだ。数学的に見て、1は点に対応し、2は線、3は平面、4は立体にそれぞれ対応していると考えていた。

さかわの:
ピタゴラス派が、1〜4を「最も完全な数」と思いたくなるのも何となく分かるような気がします。単純な美しい数字に何か神秘的なものを感じていたのではないかと思います。

KIN:
そんなわけで、ピタゴラス派は、このテトラクテュスに向かって祈祷を捧げていたといわれている。

さかわの:
すごい熱意ですね。
ピタゴラス音律の考え方は分かってきましたが、なにか難点とか、欠点はあるのでしょうか。

KIN:
その点については、ピタゴラス音律には2つの欠点があると指摘されている。
1つ目は、5度の音程の積み上げを12回繰り返した結果、オクターブが僅かにずれてしまうという問題だよ。

さかわの:
なぜ、オクターブにずれが生じるんですか。

KIN:
先ほど、さかわの君がまとめてくれていたように、ピタゴラス音律は弦の長さが3:2の比から生じるド、ソという5度の音程の幅を基準に、 これをきっちり正確に12回積み上げて、もとのドの音まで一周させることによってできている。
12回積み上げるというのは、数学の言葉でいえば、12乗することだよ。何を12乗するかというと、要するに3/2を12乗することになる(オクターブを超え出たものを、同じオクターブ内に引き戻すための計算は、今は無視している)。 しかし、分子となる3の乗数は奇数になり、分母となる2の乗数は偶数になるから、結局きれいに割り切れて整数となるような値は絶対に現れない。 もとの音ときっかりオクターブになる音が現れて欲しいと思っていても、計算結果としては、近似値が出るというのが精いっぱいで、一致はしない。

さかわの:
なるほど。3:2という比を基準として使った時点で、オクターブがきっちりとした整数比にはならないことは、初めから決まっていたようなものなのですね。

KIN:
だから、結局ピタゴラス音律では、もとの音(仮にドとする)のオクターブ上となる音の周波数は、もとの音の2倍であると『みなした』。 そして、ファの音はオクターブ上のドの音の5度下になるようにした。つまり2×(2/3)=4/3だね。 もとのドの音からみると、ファは4/3の周波数になる。

さかわの:
なるほど、ピタゴラスが発見した「弦の長さが4:3のとき、4度(ド、ファ)で協和する」という4:3の比がここでしっかり使われています。 これで、音律としてのつじつまは合わせたのですね。
まだ残っている2点目の問題は、どんな内容なのですか。

KIN:
2点目は、ピタゴラス音律はド、ソという五度の音程はとても美しく響くのだけど、三度(ド、ミ)の音程は複雑な比率の関係の音になってしまうために心地よい音の響きになりにくいんだ。 短音で演奏される曲ばかりだった時代ならば問題はそんなにないけど、音楽がいろいろ進化して3度の音程が使われるようになるにつれ、支障が出てくる。 だから、これを乗り越えるために別の音律が考えられるようになっていくんだ。

さかわの:
例えば、グレゴリオ聖歌を単旋律で歌う分には、ピタゴラス音律で問題なかったんですね。他の音律でいうと、平均律や純正律については、作曲家のにししたさんも益楽男ホームページにコラムを書いてくれていますね。

KIN:
うん、にししたさんのコラム「音取りの落とし穴」も是非併せて読んでもらえたらよいね。

さかわの:
今回で、「ピタゴラス音律ってなんだろう」の巻は完結ですね。

KIN:
うん、きりがいいからね。

さかわの:
前回、ピタゴラス派が天文学を重視していたことの理由として、「天界のことを音階であり数である」と考えていたから、という話がありました。この点は、とても面白い発想でしたのでその点を掘り下げられるといいかと思うんですが。

KIN:
天体の音楽、天体のハルモニア、あるいは天球の音楽といわれている話題だね。では、次回はそのお話にしましょう。


【参考文献】

  • 片桐功他(著),『増補改訂版はじめての音楽史』,音楽之友社,2009年
  • キティ・ファーガソン(著),柴田裕之(訳),『ピュタゴラスの音楽』,白水社,2011年
  • アリストクセノス/プトレマイオス(著),山本建郎(訳),『古代音楽論集』,京都大学学術出版会,2008年
  • 片桐功(著),『古代ギリシャの音楽理論展望』,西洋古典叢書月報72,2008年
  • 小方厚(著),『音律と音階の科学』,講談社,2007年

by KIN 2014/07/04 




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