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Vol.1 合唱対話篇

第3回 デウスの御国はどこにあるの 〜どちりなきりしたん〜


KIN:
どちりなきりしたんWの練習も結構進んできたね。

さかわの:
はい。練習中にアンサンブルトレーナーの「もが」さんもいってましたけど、「デウスの御国は汝達のうちにあり」という詞は、印象的ですね。

KIN:
新約聖書の福音書に出てくる、イエスが生前語ったとされる言葉だね。

さかわの:
印象的ではありますけど、意味が明確というわけではない言葉ですよね。まずデウスつまり神の国とはなんなのかとか。

KIN:
神の国は、イエスの語った文脈では、アガペーによって赦し合う世界というような意味なのだと取り合えずイメージしておけばいいのではないかと思うね。

さかわの:
アガペー、神の愛ということですかね。

KIN:
イエスの思想の核心の一つだね。エロース(二者間の愛)、フィリアー(仲間以外は敵視する友愛)などとは区別される神の無差別の愛。「天の父は、悪人達の上にも善人達の上にも彼の太陽を昇らせる」のだから、あなたたちも天の父と同じように完全になりなさい、という教えだね。

さかわの:
「汝達のうちにあり」というのも謎ですね。

KIN:
たしかに、「神が君臨して神の国の建設を行ってくださるんじゃないの?」と考えてたら、「そうではない」とピシャッと言われてしまった感じもあるね(笑)

さかわの:
でも、旧約聖書の創世記では、「人は神の似姿として造られた」という風にも書かれてたはずですから、人の中に神の国の要素が潜在的に何らか眠っていてもおかしくはないのですか。

KIN:
そうだね。似姿ということには二つ意味があって、似ているという以上は、人にはたしかに神的な部分というか、神に通じる何かは間違いなくあるが、他方で絶対に神そのものではないという意味もあるよね。

さかわの:
神そのものではないという意味で、人と神とで異なっているのはどんな部分か・・、と考えてみたいんですが。やっぱり人は寿命の制限があるけど、神は永遠だというところになるでしょうか。

KIN:
うん、それに神は全知全能だけど、人はそうではないとかね。

さかわの:
そうですね。

KIN:
それ以外にも言えるのは、動物と天使(神的なもの。堕天使は悪魔なので除く)には罪というものがない、それは自由意志がないからだという点もね。たしかに、動物も天使もその本質に従って動作しているわけで、その行為や結果を罪に問えるはずはない。これに対して、人は、その本質の把握も難しいのだけど、やっぱり自由意志をもっているために色々と行為していく中で、傾向性に流されて罪を犯すにいたる場合がある。これは、人は皆そうだと。

さかわの:
なるほど。それもそうですし、考えてみると、分かりやすい悪徳とか罪を犯す場合だけでもないですよね。

KIN:
おっ、というと?

さかわの:
道徳的な生き方を実践し、道徳的な感覚の鋭い人であればあるほど、高い道徳的理想と現実とのギャップに結局悩み、本人の主観としては罪の意識に悩むことになるんじゃないでしょうか。

KIN:
たしかにそうだね。高い道徳のもとに行為していても罪から逃れられないということになるのなら、道徳という次元で考えていっても、結局は行き詰まりがあるのかもしれないね。ただ、そこまで罪の意識に悩み抜くところまでいけば、それは宗教者のいわゆる回心というものにかなり近づいているのではないかな。その人の内側に神の国がくる時は、かなり近づいていると言えるのではないかと思うね。

さかわの:
こうやって話をしていると、神の国の話をするというのは、つまりは人間の話をしているのだな、とふと気付きますね。神の国が我々の内側に現れるまで、結局は罪の意識に最後まで悩むのが人間だというのが今日のお話の落ち着くところのようです。

KIN:
そういう人間観についての問題意識を、イエスがああいう格言のようにして凝縮した言葉で語ったということなのかもね。どちりなきりしたんWのなかで、イエスの言葉というのが、闇に差す光明のように印象的に歌われるのも、それはそれでうなづけるということかなと。

さかわの:
なんだか歌うときのイメージのヒントのひとつになりそうです。

【参考文献】
 ・千原英喜(著)『男声合唱のためのどちりなきりしたん』全音楽譜出版社,2008年
 ・関根清三(著)『ギリシャ・ヘブライの倫理思想』,東京大学出版会,2011年
 ・カント(著),中山元(訳)『道徳形而上学の基礎づけ』,光文社古典新訳文庫,2012年
 ・薗田坦(編),『西谷啓治 神秘思想史・信州講演』,燈影社,2003年
 ・小坂国継(著),『西田哲学を読む〈2〉「叡智的世界」』,大東出版社,2009年

by KIN 2014/06/16 




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