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No.11
音楽を携えて、夜道を歩く〜「天球の調和」完成に寄せて〜


深夜3時。静かに目が覚めた。目覚ましをかけたわけでもない。普段ならぐっすり眠っている時間だ。

今にして思えば、虫の知らせだったとしか言いようがない。僕は起きぬけにスマートフォンの通知画面を確認し、待ち望んだ報せがそこにあることに気づいた。

数瞬、逡巡した後、逃げ出すように夜の街へと駆け出した。

男声合唱とピアノのための組曲「天球の調和」、第二曲、「絶望の逃走」が届いた日のことだ。年を跨ぎ、待望の新曲を手に入れた帰り道、真っ暗な夜道で街灯のかすかな明かりを頼りに、夢中になって楽譜を読んだ。ピアノのモチーフに心が昂り、鋭いリズムで走り抜けていく言葉たちに、身が震えた。根拠もなく、僕の漠然としたイメージが、曲にカチリとはまって、形を成していくのを感じていた。帰宅してすぐにデモ音源を落とし、楽譜を眺めながら聴く。二周する頃には、すっかりイメージが出来上がっていた。そのまま、夜通し、貪るように繰り返した。

この時の僕の興奮ぶりは、筆舌に尽くしがたい。なぜこんなにも興奮していたのか、自分でも言葉にできないし、抱いた切実な想いを伝えられないことは、とてももどかしかい。

ただ、音楽が僕自身に共鳴するかのような、そんな体験だった。翌週の練習では、もう譜面を見ずに振ることが出来るほどに、自然と音楽が染み込んでいた。西下さんの書く曲の、自然さがそうさせたのかもしれない。あるいは、単に僕が西下さんの音楽を好きなだけなのか。

そうして、それから3週間。3曲目、「個性について」が届いた。つい2日前の、深夜のことだ。

先日と同じく、深夜の暗い街路を抜け、引き返す道すがら譜面を眺める。2段読んで頷き、見開きに並んだ2ページを見て確信した。そして止まない興奮を抑えつけながら家路を急いだ。そのとき見えていたものは、歩き慣れたいつもの街並みではなく、壮大な音楽の風景だった。

「個性について」は哲学者・三木清の「人生論ノート」(青空文庫http://www.aozora.gr.jp/cards/000218/files/46845_29569.html)に「附録」として収められた小論文であり、後記に記された言葉によれば、三木が大学卒業前に初めて公の機関へ寄稿した文とのことである。三木自身は「この幼稚な小論」と呼んではいるが、「自分の思ひ出のために」後の出版物に再録するだけの思い入れがあったのだろうか、その文章は若き哲学者の想念が溢れるままにぶつけられたかのように、どこか詩的でもあり、思想だけでなく、夢や理想や「情意」に溢れている。

当初、京都学派の哲学者の詩文を中心に選詩し、仮題を「天球の音楽」として委嘱されたこの組曲は、後に萩原朔太郎の「絶望の逃走」を加え、再構成されて、今、組曲「天球の調和」として全ての曲が揃った。「個性について」は特に、当初の選詩方針を色濃く残す作品である。
これほど長い「詩」に曲をつける作業は、相当な困難を極めただろう。大小7度は書き直しをしたという西下さんの言葉の裏にある苦闘は、想像もできない。

ただ、僕たちにとっては、こうして目の前に、美しい音楽として命を吹き込まれた、一編の歌があるだけである。

繊細に、時には大胆に選り分けられた言葉たちが、歌の響きとともに届いてくる。音楽も助けてのことか、元の文の持つ流れは損なわれておらず、すんなりと胸の内まで届く。

10分に及ぶ大曲が、こうして生まれ、珠玉の4曲からなる組曲が、終に全ての姿を現した。

譜面に目を通した瞬間から、名曲が出来上がったという確信が僕の中を駆け巡っている。4曲それぞれの楽想が浮かんでは消え、1つの全体を形作ろうとしている。この風景を、メンバーと、そして1人でも多くのお客様と共に眺められることを祈りながら、2月最後の夜道を歩く。

いよいよ3月になる。益楽男グリークラブ第二回演奏会まで、あと21日ーー。

by 下河原建太  2016/02/29



来たる平成28年3月21日(祝・月)にさいたま市文化センター小ホールにて演奏会を開催します。
詳細は、演奏会特設ページにて! ▼

益楽男グリークラブ第2回演奏会特設ページ




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