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No.9 星の夜空の 〜忘れられない夜空の話〜


真っ黒な・・・まっさらな、夜空に、星の光。


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空、ということばを聞くと、どうしても思い出す風景がある。

それは、実際には僕が見た空ではない。そんな夜空の話である。


話は、大学時代に遡る。僕が、慶應義塾のサークルの1つ、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団というところで学生指揮者になった頃、初舞台の時の話。

舞台は、東北・石巻。現地のOB会である石巻三田会からお声がけいただき、現地の小学校の体育館で小さな演奏会をした。震災から1年、音楽で応援を……そんな依頼だったから、もちろん身も心も引き締まる思いで臨んだことを覚えている。指揮者として初めて花束を受け取った、そんな思い出もある、僕にとって忘れ得ない、幸せな舞台だった。

ほとんどの団員が、日帰りバスツアーよろしくの強行軍だったのだが、僕は数人の部員とともに1日の延泊をさせていただいた。この地の生の姿を自分の目で見ていって欲しい。そんな先輩方のお心遣いだった。
夜は食事の席を用意していただき、酒を酌み交わしながら、話に花を咲かせる。こうして先輩方と共に食べ、呑み、話す楽しい夜は、以降も各地の依頼演奏などで経験することになるのだけれど、この東北の一夜は、そんな記憶の彩りを殊更に鮮やかにしてくれている。
その日はホテルを用意していただき、翌日、街を案内してもらうことになった。


2011年3月11日は、あらゆる人にとって転機であっただろう。


あの日、多くのものを奪われた地の1年後を、間近で見せていただいた。

海沿いの街は、「何もない」としか、形容しようがなかった。

瓦礫や壊れた建物の撤去があらかた終わり、辺りには更地が広がっていた。実際のところは、やっとそこまで進んだのだろう。何もない景色はまるで、「ゼロ」と言っているかのようだった。
見てそれとわかる爪痕も、ところどころにはあったけれど、痛々しさより、寂寞感が募る景色だった。

海沿いに近づくにつれ、景色に変化があった。ふとした一瞬が、それまでの茫漠とした気分でいた僕を貫いた。

ただ道を走っているものだと思っていた。でも、信号機の立つ位置が、走っている道と食い違っている。おかしいな、と思った。そこでようやっと気づいた。自分たちの走っている道の脇に、もう一つ、「本来の」道が、あったことに。もう走ることが叶わない、水と土に埋もれた姿で。水たまりの下に覗く中央線は、決して僕の日常では見ることがないだろう景色だった。ほんの数メートル先に異世界を見たような気分だった。

何もないゼロの景色も、水底のアスファルトも、僕の想像していた景色ではなかったけれど、それが被災地の、リアルな姿だったのだと思う。


そのあとも、色々な話を伺いながら、海沿いの街を歩いた。あの日、多くの建物が水の下に沈んだこと。会社の屋上で難を逃れたこと。

そして、その晩、すべてを奪われた地上から見た星空は、ただ美しかったこと。


まるで自分が見たかのように、その夜空は、僕の心に焼き付いている。悲劇でも美談でもなく、ただ素朴に語られた一夜の風景が。


***


自然を歌おう。 石巻の後、学生指揮者の一年を通して僕の心を密やかに貫いていたひとつの想いだ。人の悲しみや怒りではなく、自然を歌ってみたい、と。なぜ、という問いへの答えは未だ持たないけれど、今も静かに心の中にある願いのひとつだ。

景色は、意思を持たない。自然の景色を眺めるとき、そこに意味を見出すのは、人間の側だ。自然は私たちの意思も事情も汲むことなく、ただ其処に存在している。
そんな風景を前にすると、ときおり、紡ぐより早く、語る言葉を攫われてしまう気がする。
そうして、無地のキャンバスを前にしたかの如く、思考は一呼吸、立ち止まる。心を奪われる。

自然には善悪はなく、ただそこに存在しているだけ。そこに人が何を見出すのか、ということは、答えがわからなくとも、見つめ続ける価値のあることだと、僕はそんな風に感じている。


***


今回、益楽男グリークラブの第二回演奏会で初演する「天球の調和」にも、夜空は登場する。天球というと、やはり、星と夜空、というのが相場なのかもしれない。

星の夜空の
空の彼方(おち)から響いてくる
天球の旋律だ

組曲の一曲目を飾る「人生の踊り」の最後の一節。透明感あふれるピアノとコーラスのアンサンブルに、ふと、未だ見ぬ夜空を思い出す。

意思を持たぬ風景としての星空と相対して、自らの内側から溢れてくるものを止められなくなるような、激しい感情を。感動を。

おお、美しい音樂。
旋律が圓を描く
あの天球(スファイラ)の
奏でる調和

まっさらな、黒のキャンバスに光の描く幾何学模様は、いったい人に何を語りかけてくるのだろうか。

星空に向かって、僕らは、いったい何を歌うだろうか。

願わくば、一度きりの、生まれたばかりの感動を……。

by 下河原建太  2016/02/15



来たる平成28年3月21日(祝・月)にさいたま市文化センター小ホールにて演奏会を開催します。
詳細は、演奏会特設ページにて! ▼

益楽男グリークラブ第2回演奏会特設ページ




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