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全てが静止した時間の中で〜墓石に刻まれた「ゲーテの歌」〜

益楽男グリークラブが今回に取り組む楽曲の一つ『ゲーテの歌』の歌詞は、 ドイツの文学者ゲーテが書いた「旅人(さすらいびと)の夜の歌」が原詩になつています。この詩を日本人哲学者の西田幾多郎が訳し、この詩は西田幾多郎自身の揮豪によつて同僚であった哲学者の九鬼周造の墓石に刻まれているそうです。


『ゲーテの歌』の原詩である「旅人の夜の歌」はチューリンゲン地方の山、ギッケルハーンの山頂にある山小屋の板壁に、当時31歳のゲーテが眠る前に鉛筆で書きつけた詩です。その山小屋からの風景をゲーテは手紙にこのように書いています。

「空は本当に澄んでいて、私は夕日の沈むのを見守っています。その光景は壮大で、それでいて、素朴です。今、ちょうど日が沈んだところです。ここは、以前にあなたへの手紙で炭焼きの煙があちこちから立ちのぼる様を描写したことのあった、その場所なのですが、今は、とても澄んでいて、静かです。」


「旅人の夜の歌」を訳した西田幾多郎は1870年(明治3年)〜 1945年(昭和20年)石川県出身の哲学者です。若い頃に肉親の死、学歴での差別、父の事業失敗による破産、妻との一度目の離婚などの苦難を味わい、その人生で西田哲学と称される哲学を築いた人です。 次にこの「旅人の夜の歌」が墓石に刻まれた九鬼周造は1888年(明治21年)〜 1941年(昭和20年)東京出身の哲学者です。日本の美と文化を洞察した『「いき」の構造』を発表しました。

この二人は共に京都帝国大学の哲学の分野で活躍して、そして54歳で亡くなった九鬼周造を追うように、その一ヶ月の西田幾多郎は74歳の生涯を閉じました。


この歌について調べる中で「旅人の夜の歌」を同じく使ったシューベルトの歌曲があり、その曲の演奏を紹介した文章にこのゲーテの詩を評して「全てが静止した時間」という言葉を見つけました。

全てが静止した時間とは恐らく一日の終わりや、経験や活動の終結と完結、生を終えた死などの意味が含まれていると思いますので、そういつた意味では死者に送るにはふさわしい詩ですね。一日を終え沈む夕日の風景から生まれた詩が、哲学者によって訳され、生を終えた死者の墓石に刻まれる。そういった歌詞を益楽男グリークラブが歌うことになります。

by 史吟 2016/03/16 




▲ 初演指揮:下河原建太 「九鬼周造のお墓参りの旅」




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