HomeArchive研究コラム > 聴くこと Seminar―“to listen”

聴くこと Seminar―“to listen”


「○○を聴け!」

みなさんが合唱を続ける中で、さまざまな指導者から、そう要求されてきたことだろう。そしてそれは、新鮮な同意とともに幾許かの疑問を、みなさんの胸中に、呼び起こして来たに違いない。

「聴くとは何か」
「何を聴くのか」
「いかに聴くのか」
という疑問であり、問いである。

で、具体的に何をすればいいのさ? それについて答えてみよう・・というのが、今回のレポートの狙いである。


まず、聴くべき音について、言葉の側から整理をつけていこう。すでに語られている理論や術語について知り、「知らなかったこと」をきちんと自分の中の概念にしていこう。 後半では、それらの理論を、実際の感覚として落とし込むためのアイデアを紹介する。あくまでも僕の個人的な経験からのことばになるが、それでも、ただ理論を大上段に構えるだけ、というよりもよほど成果に近づくことができると思う。


歌うことを伸ばすとは、耳を育てることに他ならない。曖昧模糊とした「聴くこと」を問い直し、知識として整理し、そしてそこに接近するべき技術を示すことで、少しでも個々の合唱体験を豊かなものに出来るのではないか、そんな思いを綴ってみることにする。



1. 言葉の側から【理論編】

最初に、言葉の側から、理論の側からの整理の話をしたい。今回ターゲットになるのは、「倍音」と「音程」である。 おそらく、合唱を続けていれば、言葉そのものは馴染みのあるものだが、実際の現象にどれほど向き合えているだろうか。 


1-1. 倍音、そこで鳴っている「音」について

まずは、いわゆる「倍音」について見ていこう。

「倍音」という言葉は、合唱界隈で好んで使われる言葉の一つだが、みなさん実際どこまで具体的なイメージがあるだろうか。音というのは目に見えないだけあって、かなーりふんわりしてるんではなかろうか。

さて、理論的な説明、ということは、用語のお勉強ということになる。実は倍音という言葉自体があやふや。英語版のWikipediaの”Terminology”(「術語学」と訳せばよいか)が僕自身とても勉強になったので、まずそのまま丸っと引用してみたい。

Partial, harmonic, fundamental, inharmonicity, and overtone
 Any complex tone "can be described as a combination of many simple periodic waves (i.e., sine waves) or partials, each with its own frequency of vibration, amplitude, and phase.” (Fourier analysis)
 A partial is any of the sine waves by which a complex tone is described.
 A harmonic (or a harmonic partial) is any of a set of partials that are whole number multiples of a common fundamental frequency. This set includes the fundamental, which is a whole number multiple of itself (1 times itself).
 Inharmonicity is a measure of the deviation of a partial from the closest ideal harmonic, typically measured in cents for each partial.

      Typical pitched instruments are designed to have partials that are close to being harmonics, with very low inharmonicity; therefore, in music theory, and in instrument tuning, it is convenient to speak of the partials in those instruments' sounds as harmonics, even if they have some inharmonicity. Other pitched instruments, especially certain percussion instruments, such as marimba, vibraphone, tubular bells, and timpani, contain non-harmonic partials, yet give the ear a good sense of pitch. Non-pitched, or indefinite-pitched instruments, such as cymbals, gongs, or tam-tams make sounds rich in inharmonic partials.

 An overtone is any partial except the lowest. Overtone does not imply harmonicity or inharmonicity and has no other special meaning other than to exclude the fundamental. This can lead to numbering confusion when comparing overtones to partials; the first overtone is the second partial.

      Some electronic instruments, such as theremins and synthesizers, can play a pure frequency with no overtones, although synthesizers can also combine frequencies into more complex tones, for example to simulate other instruments. Certain flutes and ocarinas are very nearly without overtones.

(Wikipedia.en “harmonic series (music)” 1. Terminology)

さて、では順を追って見ていこう。


部分音 partials

あらゆる「音」・・複雑な「音」というのは、サイン波のような単純な波の和として分析することができる。そして、分析した結果出てくる、その「音」をつくる「成分」を、部分音と呼ぶ訳である。 広義に倍音というのは、この部分音のことと言って差し支えないだろう。1

その「音の根幹となる基本周波数(fundamental frequency)の上に、無数の周波数・振幅・位相を持つ波が混ぜ合わされて、「音」が形づくられているのである。 つまり、実際には、一番目立つピッチを聞き取るだけでは、その「音」を聴いたことにはならない……ということについては、後の実践の章で見て行こう。


整数次倍音 harmonic partials

みんなが「倍音! 倍音!」と嬉しそうに話すのはだいたいこれのことを言っていると考えていい。基本周波数(fundamental frequency)の整数倍の周波数を持つような部分音の集合のことである。これを例えば低いドを基音として譜面に落とすと、次の図のようになる。(カルドシュ・パール「合唱の育成・合唱の響き」より)





例えば、ピアノのダンパーペダルを踏んで、低いC音を思いっ切り叩くと、理解しやすいかもしれない。叩いているのは一音であるにも関わらず、上部の音が共鳴して聞こえる。 その音は上の譜面に記されているような整数次倍音が際立っている筈だ。(人によって聞き取りやすい音は違うだろう。第二倍音のCは、後に述べるような音程の話でも出てくるが、「同じ音」に聞こえてしまうため、基音のCから分けて聴き取るのは難しい。 第三倍音のGなどが比較的容易に聴き取れるのではないだろうか)

この倍音、単純にいえば、2倍するとオクターブ上の音になり、3/2倍すると、完全5度上の音になる……のだが、これは音程の項で詳しく見て行くことにしよう。


非整数次倍音 inharmonic partials

その名の通り、基音の整数倍「ではない」ような倍音(部分音)も考えることができる。今回は深くは触れないが(西洋音楽的「楽音」では、あまり考慮されない音なので)、これ自体も非常に興味深く、良く知っておくべきだろう。 非整数次の倍音を多く含むのは、ピッチを明確に持たない打楽器、あるいは民族楽器(日本の尺八などもそのような性質があるらしい)などである。



1 倍音という用語自体が、この広義の意味で取るには不適切、という議論は、また別に可能だろう。「倍」という言葉から受けるイメージは、「音」を形づくる現象へのまなざしを狭めてしまっているように思われる。



1-2. 音程、そこで響き合っている「音」について

さて、話が音程に飛ぶ。音程(interval)とは、二音間の距離、間隔のことである。倍音の項で紹介した「整数比」というのを思い出してみよう。 平たく言ってしまうと単純な整数比であるほど、同時に鳴る2つの音は良く溶けあう。このことを協和すると言う。

単純な整数比の音程を並べて行くと次のようになる。

1:2=オクターブ(完全8度)
2:3=完全5度
3:4=完全4度……

これに1:1(完全1度=ユニゾン)を加えた四つの音程を完全協和音程という。とても澄んだ、溶け合った音が鳴る。


完全1度/完全8度

いわゆるユニゾン/オクターブに当たる。「同じ音」と認識出来るほどに近しい音のため、特別に絶対協和音程という名前で呼ばれることもある。


完全5度/完全4度

先の絶対協和音程ほどではないが、かなり近しい響きがするのが、完全5度/完全4度である。ほとんど同じ音に聴こえるほどの。



2. 歌うとき【実践編】

さて、ここまでの理論は、あくまで言葉の話。これを知って、「何が変わるか」が、本当に大事なところだ。なにが聴こえるようになるかが本当の課題だ。

実際に歌うために、分析するための言葉を、感覚のためのことばに置き換えて行こう。自らのことばで、納得出来る形で、理論に気づいていこう。



2-1. 部分音〜そこで鳴っている「音」の姿〜

さて、部分音について、その実践での意味を考えて行こう。

理論編でも書いたが、現実に鳴っている複雑な「音」というのは、無数の単純な部分音の和として考えることができる。 逆に言えば、僕たちが認識しようとしている・・すなわち聴こうとする「音」は、単純で一意なものではない。

だが、ふと省みると、普段僕たちが聴こうとしているのは、一意な音ではないだろうか? つまり、楽譜上の音符として、たった一通りに規定された音、その音を聴き取ろうとはしていまいか?

仮に単音・・ユニゾンで音を伸ばすだけの時であっても、僕たちが聴こうとすべき音は、単音ではありえない。ユニークな部分音の集合としての、ひとつの「音」を聴き取る努力を放棄してしまっては、その「音」を聴いているとは言いがたいのではないだろうか。

さて、このような問題意識について、それに対する向き合い方を考えていこう。


他パートを「聴く」

他パートを聴けるようになると、あるいはそれだけの余裕ができてくると、音が生き生きとしてくることは珍しい経験ではないように思う。これにはいくつかの理由が考えられる。

一つ理解しやすいのは、他パートとの距離感、つまり音程が整頓されるから。他パートの音が意識にのぼることで、それとの関係性を感覚的に知り、より自然な音色を求めるので、結果、音に変化が現れる、ということがあるだろう。

また、「自分以外の音」に意識が行くことは、自分の音、さらに限定した言い方をするなら、自分の出すべきピッチへの意識の停滞を防ぐことにつながる。自分の声が単一のピッチでしかないという思い込み、ないしはそれと同義の意識の停滞は、複雑で豊かな音色全体への感覚を鈍らせてしまうのではないだろうか。 その枷を、「他パートを聴く」という明確な指針が解き放ってくれる。この時の感覚は、やさしい導入として良いと思う。


高音域を「聴く」

意識しないままでは、「聴く」ことの集中力は自パートにしか向かわない。他パートを同時に聴こうとするだけでも前進だが、それだけでは十分ではない。

僕たちが聴き取りたいのは、その上部音(Overtones)である。すなわち、その音色すべてなのである。

そのためには、まず自分の歌う音についてだけでも、その上部音に意識を向け、それを判断の材料に加えよう。たとえばそのための導入として、心の中で、自分のオクターブ上の音を歌ってみよう。 このような意識は、閉じがちな上の空間とそこに対する耳を揺り起こし、開いてくれる。結果、意識したオクターブ上の前後や、間に挟まれた音についても、無意識での扱いを助けてくれる。


最終的な理想を言えば、他パートを含め、合唱としての音全体と、その上部部分音を含めた音色を捉えたい。

【追稿予定あり】

by アンサンブルトレーナー 下河原建太 2015/01/21 




inserted by FC2 system