深い眠りに包まれて〜楽曲分析〜
1.調性
調性については、すでに小池さんはじめ、指摘がなされているので確認するまでもないかもしれないが、簡単にさらいながら用語の補足などをしておこう。
また、調性を拡張していく働きのある「ノンダイアトニック・コード」についても、触れておきたい。
まずは、各セクションの調性について以下にまとめておく。
【A】 Moderato:A-dur
【B】 più mosso:cis-moll
【C】 TempoT°:A-dur
【D】 (Moderato):Des-dur
【F】 più mosso:f-moll
【G】 TempoT°:Des-dur
【F】 (Moderato):Des-dur
※【】内は練習番号。練習番号は練習に準じる。
【A】〜【C】で「はさみこみ形式」(作曲者による言葉、出版譜まえがきより)、同様の形式が【D】〜【G】でも見られ、【F】は新しい動機と再現的な動機が混じり合うコーダとなっている。以下で、それぞれの特徴をより細かく見ていこう。
1-1. 近親調と遠隔調 closely/distantly related key
【A】→【B】の転調について見てみよう。
調号はそのまま、臨時記号での転調となっているが、(調号的にいえば)♯がひとつ増えていることが見て取れる。cis-mollの「平行調」はE-durであり、これは転調前のA-durから主音の関係で完全五度上の調にあたる。
このような調を「属調」というわけだが、これらの元の調から関係の深い調のことを近親調(closely related key)という。【A】から【B】は「属調平行調」にあたる近親調転調である。【B】→【C】で元の調へと戻っている。
次に、【C】→【D】の転調について見てみよう。これは上で述べた近親調に含まれない調への転調である。このような調関係を遠隔調(distantly related key)という。名前から推測がつくかもしれないが、近親調の方が近しい響きを持っていて、転調時のつながりは滑らかになる。
一方で、遠隔調への転調はより異質な響きが際立ち、音楽の流れが一新されて聞こえるだろう。
また、この遠隔調への転調が、予備動作なしに行われていることにも留意したい。転調の前に、新しい調を導くための和声や旋律上の多くの工夫があるが、ここでは一切の準備なしに転調している。これを突然転調ということがある。
突然転調と遠隔調が組み合わされることで、前半と後半のまとまりの違いがはっきりと意識される。転調時の印象そのものも表現のヒントになってくれるだろう。
1-2. 調性の主和音 the tonic chord
ところで、調性というものを改めて考えてみると、その主音や主和音(トニック)が重要な位置を占めていることは容易に分かると思う。Wikipediaを見ると、こうある。
In music theory, the key of a piece is the tonic note and chord, which gives a subjective sense of arrival and rest. Other notes and chords in the piece create varying degrees of tension, resolved when the tonic note and/or chord returns.
(en.wikipedia “Key(music)“)
主和音に戻る時の「到着する感じ」「安堵感」が、調性感の核を作っている。主和音(トニック)に戻る際の回帰感を明確にすることは、音楽の輪郭線を明瞭にするひとつの大事な課題になる。その一方で、この主和音から、いかに「離れるか」ということもまた、音楽の豊かさを幅広いものにしてくれる。
1小節から5小節に至る流れはいたってシンプルで、主和音から始まり、離れ、ぐるっと回ってすぐに主和音に戻ってくる。だが、その後の展開が面白い。5小節から9小節までの小楽節で、再び主和音に戻るかと思いきや、主音上のドミナント・コードであるA7が響く。これは次のDに向かう流れ(ドミナント・モーション)を作る、調性外の音(ノンダイアトニック・コード)である。
再び主和音に回帰するのは、更にひとつ小楽節を経た12小節になる。主和音になかなか戻ってこない、少し長い旅路は、音楽的にも多様な景色をみせてくれる。調性、主和音という「帰るべき家」があるからこそ、旅という非日常は彩りを増すのである。
1-3. 調性の「外」を示唆する音 non-diatonic chord/secondary dominant
さて、この冒頭のテーマ部分をもう少し細かく見ていきたい。最初の4小節の和声進行を書き出すと次のようになる。
A | → | F♯m | → | C♯m | → | E7 |
T | Ym | Vm | X7 |
ここに見られるように、冒頭の4小節には調性の中にある和音のみが登場する。(臨時記号がないことからも、容易に推測できるだろう。)いっぽうで、次の主和音(トニック)までの8小節間はどうだろうか。
A | → | F♯m | → | ♯m7(♭5) | → | E7 |
T | Y | 《W#m7》 | X7 |
A7 | → | D・Dm | → | A2・D | → | D2・A |
《X7》 | W・[Wm] | T2・W | W2・T |
《》でかこんだ箇所は、「ノンダイアトニック・コード」という和音が使われている。コードの作り自体は特殊とまではいかないが(D♯m7(♭5)は少し馴染みがないかもしれない)どちらも7種あるダイアトニック・コード(調性内のコード)に含まれない、つまり調性から外れた性質を持っている。
【未完】
by 下河原建太 2015/01/10 Tweet