男声合唱のための
   「どちりなきりしたん」より IV
    作曲: 千原 英喜

演奏:男声合唱団 羅面琴


混声合唱のための
   「どちりなきりしたん」より V
    作曲: 千原 英喜

演奏:大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団

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Vol.11-8 どちりな研究会資料―楽曲分析編―

0.はじめに

本レジュメの構成は、「東洋医学的分析」「西洋医学的分析」の2種を援用する。まずはじめに、全体を俯瞰する「東洋医学的分析」によって、音楽の勘所、全体のバランスを考えて行くとともに、どこに表現の要所を持ってくるかを提案する。次に「西洋医学的分析」によって、細部に発見出来る構成、理論化されている知識の指摘をした後に、それがどのような表現につながりうるかということを考察していきたい。



1.どちりなきりしたんIV


1.1.東洋医学的分析

    楽曲の構造を大まかに見て行くと、
  • A−B−A−B−C−B−C−Bという3つのモチーフの反復で構成される前半部
  • 「Tantum ergo」を引用した後半部
  • 最後に付されたコーダ
  • の大きく三つの流れが見て取れる。順を追ってみて行こう。
1.1.1.前半部
  • 冒頭のテーマAは福音書のラテン語詩を、ソロないしゾリによって歌唱する部分。4/4拍子全体の単旋律で、ドリア戦法を想起させる旋律線である。
  • 第二のテーマBは、最大の4回の反復がなされており、歌い分けが課題になるだろう。Allegretto all'ibericana medievale(快活に、イベリア風/中世風で)と題された6/8拍子は、作者自身の解説を見ても、相当にこだわりのある作曲意図があると言える。その全体的なニュアンスを踏まえた上で、この部分に限ったことではないが、毎回異なったデュナーミク/アーティキュレーションが付されており、発想標語も細かく書き込まれている。これらを、余さず表現に結びつけることはもちろんだが、相互の対比、歌い分けに、バランスと説得力を求めることが肝要だろう。
  • 第三のテーマCは、一転、3/8拍子での16分音符主体の激しい刻みで、二度ともに同じ歌詞が当てられている。A・B二種類のテーマが、それぞれ、ソロ・ゾリ/ホモフォニーだったのに対し、Cではポリフォニー(=各声部が独立した動きをする曲構造)的なギミックが用いられている。ただし、各々が連続した詩とメロディーを別個に歌ったり、同時並行的に対等な要素として各声部が並べられている訳ではないので、明確にポリフォニーとは言えない。一本の詩の流れを、それぞれに分担しつつ、時に別れ、時に合わさりながら高まって行く。pp.44,b.33などでは明確なホモフォニーに戻っており、また複合拍子的な拍子変化と忙しない和声変化が、効果を出している。
  • 譜面上の音符に対するテンポ設定は、大きく変わらないが、拍子の構造や主たる音価の変化(4分・8分音符主体から、16分音符主体の流れへの変化)などから、テーマCはそれまでのA、Bに対して、より異質な楽曲効果を持っていると言って良いだろう。
1.1.2.後半部(Tantum ergo)

後半部は、聖歌「Tantum ergo」からの引用である。ミクソディリア旋法だが、原曲はイオニア旋法(通常の長音階)であるようであり、ここは作曲者の改変かと思われる。

1番にあたる歌詞の部分では、6/8(ないし9/8)拍子と4/4拍子、3/4拍子がしきりに入れ替わる展開。Genitori以降(pp.49,b.98〜)は、これが6/8(ないし9/8)拍子に統一される。

基本的に、先行するパート、ないしパート群があり、それにつづいて全奏になる形が繰返されている。冒頭のテーマAにも出て来た構成だが、イメージ化のために言葉を充てるなら「先導」「追従」「応答」「対話」などがかんがえられるだろうか。

1.1.3.終尾部(コーダ)

楽曲の最後に、「Tantum ergo」の歌詞を引き継ぐ形で、終止への新しい流れが付されている。楽曲と独立して作られた終結部分のことをコーダ(coda)といい、元来「尾」を示す言葉であることから、日本語では「終尾部」「結尾部」「結尾句」などという。ここでは、規模から、「小結尾部(コデッタ、codetta)」と言えるかもしれない。

「Gloriosamente(壮麗に)」と題されているとおりの華々しい曲が付されており、b.123で、ff、そしてriten.までが登場し、最高潮を迎える。最後の部分は、次に曲が続くからか、ヴォーカリーズにされているが、本来はamenと歌われる所だろう。進行もアーメン進行に準じたものとなっている。特に減衰にあたるdim.やrit.が付されていないことには注意が必要だろう。



1.2.西洋医学的分析―概説―

まずは、各テーマに見られる楽典・理論的な要素を取り上げて概説して行く。まずは、分析して曲を眺めるところから。曲の姿を明確にしてから、解釈に入って行こう。

1.2.1.テーマB

まずは、最も反復されるテーマBの細部を見て行こう。

ペダルトーン
冒頭のベース・バリトンパートが、ピッチの上下なく歌い続けている。このような音の保持をペダルトーンと言う。通常は、ロングトーンで奏されるものを言うが、ここのベースラインもペダルトーン(トニックペダル)的な効果を持っていると言っていいだろう。共通する音で貫かれた部分には、「安定感」「統一感」が齋されることになる。

和声外音(オーナメント ornament)
冒頭のベースのペダルトーンによって、テナー系の旋律が動いても、和声感がFmで固定される感じがすると思う。特にG音/B音は、Fという根音からなる和声の構成音に含まれない音である。このような音を和声外音と言う。
和声外音は、和声音に比べて、「異質な」「常道から逸れた」「零れ出した」「溢れ出した」ような音質を持つ。場所によって具体的な効果は変わってくるが、それが表現的に強い力を持つことは想像して頂けるだろう。ここでは、根音に接近するように、上二声が下降して戻る「刺繍音(auxuary)」である。具体的な効果に関しては、別に考察しよう。

借用和音
pp.41,b.8などのD♭の和音は、F-minor(Fmoll)で頻繁に現れる和音ではない。ダイアトニック上の音ではあるが、これは平行長調であるAs durのIV度和音(サブドミナント)にあたるD♭の借用と見ることも出来るかも知れない。


1.2.2.テーマA

ドリア旋法と固有音
前項でも述べたが、この曲の主たる調性はFmollである。これは調号から判断出来る。
しかし、冒頭のソロの旋律は、調号から生まれる自然的短音階では歌われない。自然的短音階上の第六音が半音上がった形(ここではナチュラルが付されている)、これはドリア旋法である。
頻繁に使われる広く知られた音階でなく、このような特殊な旋法をとることで、私たちの心に、独特のかんじょうがうまれることになるだろう。この旋法に特有の「六度」の音を聞いたとき、いったいどんな気持ちが心のうちに立ち上がってくるか、各々の感覚を言葉にしてみてほしい。私の場合は、「単旋律の悲しげな空気が薄れた、浮遊感・相対的な明るさ・明暗どちらともつかぬ中性感・神聖さ……etc.」


1.2.3.テーマC

ペンタトニック(五音音階)
テーマCの音階に注目してみよう。旋律から使用されている音だけを拾って、低い方から順に歌って見てほしい。ところどころ飛び飛びの、5つの音高だけで成立していることに気づくだろうか。これを五音音階(ペンタトニックスケール)と言う。西洋音楽の多くは、早い段階から七音の音階を中心に発展して来た。それに対比する形で、「東洋の音階」「民族音楽の音階」などと特徴付けられることの多い音階である。実際、多くの民族音階で、五音からなる音階が見られる。ここでは東洋=日本の象徴と見たくなる。安直だが、それゆえ強い候補の一つだろう。

四度音程
また、日本的な雰囲気を感じさせる音として、練習番号4などで見られる和音中の四度音程が挙げられる。これに関しては、俗説の向きも強いが、ここのsus4和音が和風(ないし「千原的」)に聞こえるという人も多いのではないだろうか。性格音の三度音が省略され、独特の響きになるのを聞きとってほしい。どのような感じがするだろうか。


西洋医学的分析―解釈―

さて、いよいよこれまで集めて来た素材を使って、曲の解釈をして行こう。ここでの解釈はあくまで執筆者の視点から考えられた「一例」である。なるべく思考のプロセスから、はっきりと見えるように書いて行くので、各々が自分なりの解釈に挑戦してみてほしい。

<未完−改訂予定あり>

by 下河原建太 2014/08/13 




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