男声合唱のための
   「どちりなきりしたん」より IV
    作曲: 千原 英喜

演奏:男声合唱団 羅面琴


混声合唱のための
   「どちりなきりしたん」より V
    作曲: 千原 英喜

演奏:大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団

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Vol.11-7 どちりなきりしたん 解説


どちりなきりしたんW解説


構造

 (F-mol)solo → A → solo → A → B → A → B → (G-mol)A → (G-dur)C

 ※各旋律に用いられている音階
  A:四抜き音階(絶対音CDEGAH、階名ドレミソラティ)
  B:四七抜き音階(絶対音CDEGA、階名ドレミソラ)で書かれている。
  C:ミクソリディアン旋法(絶対音GAHCDEF、階名ドレミファソラタ)。


特徴

  • この曲の最大の特徴は、各部で用いられている音階の違いであろう。
    日本語のメロディーは四抜き音階、四七抜き音階になっており、終結部のラテン語ではミクソリディアンという古い教会旋法になっている。

  • 各音階、旋法の詳細は上述通りだが、四七抜き音階とは、近年海外からも注目される日本独自の音使いで、オリエンタルな雰囲気をもたらす。ミクソリディアン旋法は、グレゴリオ聖歌が隆盛を極めていた当時から、讃歌にピッタリの旋法とされていた。

  • しかし、メロディーを彩る和音はオーソドックスな1、3、5の西洋式和音が多い。
    僅かにある不協和音はドレソ、ドレソラという音形が多い。どこか日本情緒を感じさせるこの音は、明治以前の日本で一般的な律音階(絶対音CDFGB、階名ドレファソタ)に似ている。あるいは、ミクソリディアンを和音化したのかもしれない。

  • これらの音使いは、Christianではなくキリシタンを描いているためだろう。キリストの教えを歌うA部分では、信徒たちは西洋音階に寄り添うが、「ファ」が抜けてしまう。
    B部分では「俗世を蔑視する」という教えを理解するのに「シ」も抜けてしまう。ここにChristianになりきれないキリシタンの悲哀も込められているのかもしれない。

  • AとBが2回繰り返されたところで転調し、曲想は一層激しくなる。が、歌詞の通り「天の道に至る」のだろうか、徐々に音量は下がり、遠ざかっていく。すると、突然、グレゴリオ聖歌「Tantum ergo」が始まる。本来8分の6拍子だが、4分の4、3、2も混じった拍子で歌われる。西洋のリズムに乗れないキリシタンが歌っているのだろうか。

  • ベルとともに滑らかな8分の6拍子が始まる。キリシタンたちを迎え入れるかのように幾度も打ち鳴らされ、徐々に曲は確信を帯びていき、最後には4分の3拍子でただ一言「Laudatio(=神への賛辞)」と歌われる。

どちりなきりしたんX解説


構造

 (G-dur)AAB (A-dur)B(D-dur)C(H-dur)D(E-dur)A A

 ※Dはミクソリディアン旋法のグレゴリオ聖歌(この旋法ではソが主音、レが終止音)。


特徴

  • 作曲者は、キリストの受難を描くテキスト「Ave Verum Corps」を用いて、キリシタンの弾圧を描こうとした。また、この曲は「バッハのヨハネ受難曲の終曲コラールと同じ意義」と述べている(ヨハネ受難曲とはイエスの死をオーケストラ、合唱、ソリストで描く、演技のない劇音楽)。そのコラール「Herr lass dein lieb' Engelein」は、イエスを弔った人々がイエス亡き後もイエスを信じ、力強く生きていくと宣言する曲。

  • この曲の最大の特徴は、A部分で内声が歌い続ける音だろう。これはグレゴリオ聖歌において支配音、保続音などと呼ばれ、現代の我々が言う主音である(かつてはこの音を歌い続ける者、もしくは音自体をテノール=保持するものと呼んだ)

  • A部分は比較的穏やかな曲想だが、B部分はイエスが傷つく場面のため、短調和音や不協和音が頻出する(2回歌われ、緊張を高める)。C部分は傷ついたイエスに救いを求める内容で、#2つの調号(D-dur=H-moll)だが、Dに臨時記号の#をつけて短調の3音を半音上げ、長調にしている。この臨時記号とメリスマ(歌詞の一音節をいくつもの音に分割する手法)が祈りを高揚させるとともに、グレゴリオ聖歌を導く。

  • D部分、グレゴリオ聖歌の「Ave Verum Corps」はミクソリディアン旋法の讃歌的響き、全パートユニゾンによる圧倒的存在感で、イエスへの強烈な祈りを歌い上げる。

  • 再提示されるAは、徐々に消えていくように演奏される。作曲者の言葉によれば、「悲しみにくれるのではなく、追憶と安息で締めくくる」とのこと。

by 吉岡理 2014/08/13 




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