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Vol.4 サルでもわかる(?)音楽応用講座!


〜サルでもわかる?〜

高校時代の数学の先生の口癖です。
確率だとかベクトルだとか数列だとかの問題に答えられないと、「こんな問題サルでもわかる」とよく言ってました。
しかしさすがに定積分はサルは理解できないと思ったのか、「小学生でもわかる」になってました。
・・・というくらいのものですので、もしわからなくてもそれはワタクシの説明がまだまだ&内容が難解なだけですので、ご心配なさらずに!

第2回 音とりの落とし穴


みなさんおはようございます!

今回のテーマは「音律」。
音大生でもわかりづらいこの話題、頑張って掘り下げていきます!

さて、まず「音とりの落とし穴」とは何でしょうか?
皆さんは「平均律」と「純正律」という言葉を耳にしたことはありますか?
ある程度ピアノをやっていた方は、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」という名前を聞いたことがあるかもしれません。
では順番に説明していきます。

鍵盤楽器の発達

皆さん音とりをする際に、ピアノ、もしくはそれに準じたキーボードなどを使用していることと思います。
このピアノ、グランドピアノもアップライトピアノ(俗に言う「箱ピアノ」です)も実は現在の形になったのは19世紀末。
昔は四角かったり(スクエア・ピアノ:写真1(国立音大の楽器学資料館にあります))、 もっと音域が狭かったり(現在は7オクターヴと短三度ですが、ベートーヴェンの時代には5オクターブほどしか無かった)、 音が小さかったり(ピアノの前身のクラヴィコードもチェンバロもかなり音は小さいです)しました。

スクエア・ピアノ資料 写真1 スクエアピアノ資料

それらに改良に改良を重ねたものが現在のピアノです。
音程も狂いにくく、音域が格段に広くなり、小さな音から大きな音まで出せるようになり、打鍵(鍵盤を弾くこと)に特殊テクニックはあまり要求されなくなりました。
ピアノという名前も、「小さな音から大きな音まで出せるチェンバロ」という意味の"Clavicembalo col piano e forte"(諸説あり)が縮まって付けられたものなのです。

調性音楽と音律の関係

小学校や中学校の音楽の時間にこんなことをやりませんでしたか?
「この曲、○○長調ですね」「こっちは○○短調ですね」
なんらかの中心となる音があって、極めて和声的に組み立てられて、このように「○○長調」もしくは「○○短調」と呼べる音楽のことを狭義で「調性音楽」と言います。 (本当はもっと細かい定義もあるのですが割愛します)

この調性音楽の始まりは遠く15世紀末のヨーロッパ、教会音楽から派生した世俗音楽の頃まで遡ります。 (それ以前も調性音楽に近づく流れはありますが、今言及している調性音楽とは厳密には異なるので割愛します)


当時、教会においては完全協和音程(図1:後ほど説明いたします)である完全1度、完全4度、完全5度、完全8度という音程が神聖なものとして認識されていました。

当時使用していた楽器は、神聖である完全協和音程が文字通り「完全に協和」するために「ピタゴラス音律」という音律だったと考えられます (「倍音」が関係していますが、説明は後ほど)。
ちなみに当時教会で主に使用されていた楽器は、オルガンとトロンボーンです。 特にトロンボーンは音程がスライドで音程が自由に変更でき、より協和したため「神の楽器」といわれ、教会音楽においては非常に重用されました。

ここで教会音楽の話に戻ると、神聖ではないため、不完全協和音程(図2)である短3度、長3度、短6度、長6度の響きをもって曲が終わることはありませんでした。
しかし禁止されればやりたくなるのは人の常。

図1 完全協和音程

図3 不完全協和音程

この頃になるとシャンソンやマドリガーレなどという「世俗的声楽曲」というものが一般民衆の中で認知され始めます。
そこにおいて短3度、長3度、短6度、長6度の響きが頻繁に使われるようになります。調性を決めるために必要不可欠な音程です。
そしてこの短3度、長3度、短6度、長6度の響きにあった濁りをなくした音律が「純正律」です。
濁りの無くなった不完全協和音程は協和するようになり、したがって人々はよくその音程を使用するようになりました。
これが後世で言う「調性」というものの始まりとされています。

また合唱の音程も「純正律」なのです。
人は協和度の高いほうに自然と流れるので。

「なら全部純正律にすりゃいいじゃん」と思う方は多いはずです。
しかしこの「純正律」とはかなりの曲者で、ある一定の音程では素晴らしい協和度をもちますが、 一方、その「ある一定」のラインから外れると、途端にひどく協和度が低くなります。
これは昔、鍵盤楽器の入る曲に「転調」が少なかった理由でもあります。
楽曲に合わせて調律もしていたようですが、曲の途中ではさすがに調律できませんからね。

しかし、楽器の改良や新しい作曲技法に対応していくために、叩いて決まった音しか出ない「鍵盤楽器」は、「純正律」での調律から離れざるを得なくなります。

新しい作曲技法と音律

さて、転調しないとおもしろくない…とか考えたかどうかは定かではないですが、とにかく転調ができる、 つまり中心音が変わってもそれほど協和度が変わらない音律を作る研究と実験がその後繰り返されてきました。
そうして紆余曲折を経て、現在のピアノは「平均律」という音律で通常調律されることになりました。
これは一オクターブ(=12半音)を12等分するという調律の方法です。
これにより大幅に、使える領域が増えました。
度重なる転調(ショパンやプーランクのような)、全音音階(ドビュッシーのような)、無調音楽や12音技法(シェーンベルクのような)などと、 ありとあらゆるジャンルに対応できるようになりました。
どの音程でも均等な協和度を持つためです。
但しこの「平均律」、最大の弱点は「(オクターブを除いて)完全協和する音程が無い」ということです。

音律の玄人、調律師の苦労と「うなり」

図3 440hz

これはどういうことか、物理の観点から説明いたします。
音の高さというものはその音の周波数で決まります。
現在、多くの合唱団は440HzのA4(図3)で音を取っています。
つまり「一秒間に440回の鼓膜の振動を起こす音波」です。
それ以外のオーケストラやピアノでも、微々たる差はありますがおおよそ440〜445Hzで調律されるようです。それに合わせて他の音を調律します。


問題はここから先です。
「調律師」というピアノの調律の専門家がいます。
この人たちは機械も使いますが、最後には自分の耳で聴いて調律します。
先ほど出てきた「完全協和音程」の完全8度というのは、周波数で言うと二倍の関係性があります。
すなわち、一オクターブ上がると周波数は二倍になります。
その他、周波数が整数倍関係にある音を「倍音」と言います(図4)。

図4 平均律による倍音列

これらは周波数のずれによる「うなり」が比較的少ない(ほぼ0回/s)関係の音になるので、調律師はそこから調律していきます。
ここで一オクターブ=12半音=1200セントとします。
平均律は1半音=100セントにする必要があります。
しかしうなりを完全に消すと、1半音=100セントが成り立ちません。
ですので、調律師はわざと「うなり」を少し残します。

ここです!
「合唱でとるべき音」と「ピアノの音」の音律が違うため、微妙な違いが出てきてしまうのです!
皆さんはピアノの音に合わせてハモる、ということをしたときに若干の違和感を感じたことはありませんか?
その違和感はこのずれによります。
ちなみにそのずれの幅ですが、「半音につき2セント」です。
つまり、一番ずれるところでは24セントもずれてしまうのです!
これは半音のおよそ4分の1、すなわち8分の1音のずれが発生することを意味しています。
さすがに無視できないレヴェルです。
特に完全5度でハモらせるにはきちんと対策を打たねばなりません。

なぜって?5度協和が調律の基準になっているためです。
一オクターブ分の12の半音を作るために完全5度を12回重ねるという方法を取るのです。
平均律の完全5度は、半音を7つ挟みますので、700セント。対して純正5度(完全に協和する5度)は702セントの間隔なので、平均律のほうが2セント狭くなってるんですね。
これが12回重なって24セントのずれ、と言うわけです。
(補足:純正5度をC(ド)の音を基準にして12回重ねると、本来His(シ♯)=Cとなるはずなのに、このHisとCに24セントのずれができるのです。 平均律では同じ音なのに!ちなみにHisのほうが24セント高くなります)

音とりの落とし穴のふさぎかた

簡単なことです。(完全にふさぐのは難しいですが)
平均律の方が完全5度の間隔が狭いなら、広げてしまえばいいのです。
すなわち、完全5度の音になる上の音をピアノよりもわずかに高めにとってしまえばよいのです。
また純正長3度は386セントです。
平均律における長三度は半音を4つ含みますので400セントです。
平均律の方が14セントも広いので、長三度をとるときはピアノの音よりも低めにとるとよりハモります。(但しあんまり低くとると短三度になるのでご注意を)
この二つを変えるだけでもめちゃくちゃ大変ですが、この二つを変えるだけでも、圧倒的にハモります。
特に「タダタケ」に代表されるように、無伴奏の曲が多い男声合唱ではその響きはとても重要になってきますので、少し意識してみると良いと思いますよ!


次回、第三回は「合唱の色と調性の色」をお送りいたします。
長々とお付き合いくださりありがとうございました!

追伸

実は、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」という名前は誤訳で、本来は"Well-temperment"という調律の種類でやります。
J.S.バッハは、その"Well-temperment"という種類のうちの一つ、「ヴェルクマイスター音律」で演奏されることを前提に、調性と曲調がうまく合致するように書いたと言われています。 すなわち、和声的に響く調では「ホモフォニック」、またそうでない調は旋律を絡める「ポリフォニック」で書いたのです。 調の特性をうまく生かして書かれた曲ですので、ぜひチェンバロで演奏された「平均律クラヴィーア曲集」は聴いてみてください!
また音律についてさらに詳しく正しく知りたい人は、ブルーバックス刊「音律と音階の科学」(小方厚:著)を読むと面白いと思います!
今回の説明ではいろいろ説明を簡略化したりしたので…

今度こそ、お読みくださり、ありがとうございました!


by にしした 2012/06/07 00:25 




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