Vol.2 小池さんの研究コラム
「月下の一群 第一集」フランスの詩による男声合唱曲集 参考資料
この曲集の原典となった同名の訳詩集は堀口大學による一九二五年の作品。
フランス近代詩人六十六家、三百四十篇の作品からなる。
『たまたま此集が仏蘭西近代詩の好箇の見本帖であったから』
そもそもは「見本帖」という表題の予定であった。
『パリを中心とするヨーロッパの一九二〇年代は「狂乱の歳月」と呼ばれ、
退廃と享楽に現を抜かした時代であったが、文学的にはシュールレアリスム運動が起り、パリを中心とする国際交流も盛んな豊穣で多産な歳月でもある』
という社会情勢を背景に、
『三好達治も中原中也も、村野四郎も伊藤整も、
昭和期の現代詩を迎えた多くの若い詩人たちが「月下の一群」の恩恵を受けた』
とされている。
当時のフランス文壇を席巻した作風や詩人の思想や芸術論を日本に持ち込み、
昭和詩壇に与えた影響は大きいと言えるだろう。
この訳詩集の最大の魅力は、訳詩という作業の領域に留まらず、
独自の世界観・美的感覚を作り出していることであるが、それは、
『私が希(ねが)ったことは、常に原作のイリュジヨンを最も適切に与え、
原作者の気稟を最も直接に伝え得る日本語を選びたいと云う一事であった』
『僕は、好きな詩、美しいと思う詩が見つかると、楽しんでそれを国語に移しつづけた。
こうすることによって、僕には、はじめてそれ等原作のポエジーをわがものにしたような
イリュジヨンが得られるのだ』
以上のような堀口の心情と姿勢が生み出したものに相違ないだろう。
作曲した南弘明の言葉によれば、堀口の作品は《作曲したい欲望を募らせる》ようで、
「月下の一群」はこの訳詩集をもとに南により第三集まで作曲されている。
また、日本初の男声合唱組曲「月光とピエロ」は清水脩の手によって
堀口の同名の処女詩集から生まれたものである。
その他にも大中恩、木下牧子、高嶋みどり、多田武彦、寺嶋陸也等(五十音順)
数多くの作曲家の合唱曲がある。
各曲へと目を移すにあたり、この曲集に寄せた南の言葉を紹介する。
《いずれも青年らしい感受性が豊かに表現されているものばかりである。
この五つの詩によって私は「青春の歌」を書きたかったのである。》
フィリップ・シャヴァネックス「小曲」はたった四行の詩。
美しいピアノ伴奏と息の長い旋律は、
その頁の余白から生まれたかのように流れ始める。
ポオル・フォル「輪踊り」は軽やかな三拍子。
「人々全てが連帯すれば」という夢想は、世界中が技術では「つながった」かに思えて
本当は隣人の顔を知らない今日にこそ歌われるべき詩なのかもしれない。
フランシス・ジャム「人の云うことを信じるな」はおどけた調子。
若い女性に「恋を信じるな」と繰り返す。
それが「片意地で」「醜く」ある男たちの声で歌われる諧謔。
アンドレ・スピイル「催眠歌(海よ)」は擬人化した海への呼びかけ。
男声四部の絡まりあいがもっとも顕著に現れる曲で、その音響効果で
絶え間ない潮の満ち引きを表現したようかのよう。
ポオル・ヴェルレエヌ「秋の歌」は甘く切ない感傷。
情緒たっぷりに秋の印象を濃厚に歌い上げる。
フランスから日本へ。
詩集から音楽へ。
何度も移し変えられた詩情は、聞き手の耳にどう届くだろうか。
- ※1 二重かぎカッコは講談社文芸文庫「現代日本の翻訳 月下の一群」より抜粋
原詩の詩人の表記名もこちらを底本としている - ※2 二重山カッコは東芝EMI「合唱名曲コレクション23 月下の一群」CD解説より抜粋
by 小池 2012/05/03 10:00 Tweet