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Vol.1 合唱対話篇

第6回 天体の音楽(1)−時空のさざ波は星々のメロディ?−


天体の音楽の発見?


さかわの:
前回、前々回は、ピタゴラス音律のお話でした。その中で、ピタゴラス派がなぜ天文学を重視していたのかという点に話が及び、天体の音楽という言葉が出てきましたね。

KIN:
というわけで、今日はいよいよ天体の音楽の話だね。天体のハルモニア、天球の音楽とも言われているけど、とりあえずは、天体の音楽という言葉に統一しましょう。

さかわの:
ところでギリシャ語のハルモニアは、我々が普段使っている言葉、ハーモニーの語源ですね。このハルモニアは、現代の人々がハーモニーというときの意味と同じと考えていいのでしょうか。

KIN:
ハルモニア論は、ピタゴラス派に端を発する古代ギリシャの音楽論の中心的な考えなのだけど、その文脈では、ハルモニアとは音階のことを指しているよ。 ただし、それは音楽だけにとどまらず、宇宙の諧調をも表していたんだね。自然全体は調和関係を保った統一体であるとする見方は、ピタゴラス派にとどまらず、古代ギリシャの世界観の基調となっていたといわれている。

さかわの:
前回までのお話のおさらいにも入ってきていますね。
ハルモニアという言葉は、発祥の地である古代ギリシャの文脈では、始めから音楽分野だけに限った話ではなかった訳ですね。 もともとピタゴラス派は、「世界は形と割合によって、調和的に組織されている」との考えのもと、数によって法則を掴もうとしたのでした。 そして、音楽を「運動している数」を扱うもの、天文学を「運動している量」を扱うものとして捉えていたわけです。

KIN:
うん。

さかわの:
ピタゴラス派が、形と比によって調和的に構成されている世界の法則を明らかにした一つの例が、「協和する音を出すような弦の長さの比の関係が、4:3、3:2、2:1というように美しい整数比になる」という発見でした。 天体の運動に対してはどのような考え方をもっていたのでしょうか。

KIN:
天体の運動については、プラトンの『国家』という本に古代ギリシャ人の考え方がよく現れているよ。 エルという戦死したはずの男性が12日目に生き返るという物語が紹介される。エルは、12日の間に魂の旅をして、その途中で天界の様子を見たという。 そして、はずみ車の例えを使って、天界全体について比喩的に語った。いわく、はずみ車の輪のひとつひとつにセイレンが乗っていて、回転運動で一緒に運ばれながら、それぞれ音を発している。 そのセンレンの発する8つの協和する音は、単一の音階を構成していたという。

さかわの:
はずみ車というのは、回転軸に取り付けた大きく重い円盤のことですね。そして、セイレンとは歌声で聴く者を魅惑する妖女のことだったと思います。 ここでは、天界の星々のことを指しているようですね。それにしても、このエルの物語は、まさに「天界の全体は音階である」としていたピタゴラス派の考えと近いですね。

KIN:
そうだね。ピタゴラス派が唱えた考えを、プラトンが継承しているんだね。


天体の音楽への疑問


さかわの:
しかし、天体の音楽を実際に聴いたという証人がエル1人だけだと、本当にそういう音があるのかという疑問が出てきますね。

KIN:
いやいや、合唱する多くの人が日頃親しんでいる「あの詩人」も聴いていたんじゃないかな。

さかわの:
誰ですかね。

KIN:
ほら、天の楽音・・。

さかわの:
あっ、草野心平先生ですね。確かに、男声合唱組曲「富士山」の『作品第拾捌』に出てきますね。 「どこからか そして湧きあがる 天の楽音」という風に。天体の音楽、天の楽音は洋の東西を問わないということですか。

KIN:
でも、実際多くの人にはその音が聞こえてないという事実をどう説明するのかという問題があるね。 伝説によるとピタゴラスにも天体の音楽は聞こえていたらしいのだけど、ピタゴラス派による説明は、 「天体の音楽の音は、生まれたときから我々と共にある。そのために比較対象となる静けさがないから、音に気付くことができない」というものだった。

さかわの:
たしかに、エアコンの音が鳴っているうちは案外その音に気付いていなくて、停止して音が鳴らなくなると逆に、「あっエアコンがついていたのが止まったんだな」ということに初めて気付く・・ということはありますが。

KIN:
うまい例えを・・(笑)
サイエンスの観点でみると、近代科学の枠組みでは、真空である宇宙空間には音は鳴らないという考えが一般だったのだけども、現代科学においては宇宙には沢山の波動があることが分かっている。 星の回転運動が発する重力波(時空のさざ波)を捉えることができれば、星々のメロディとハーモニーが聴けるかもしれないとの論者の指摘もあるよ。

さかわの:
なるほど・・。これは宇宙物理学者をはじめ科学者の方々に期待したいですね。
次回は、古代ギリシャのピタゴラス派、プラトン以降の時代に、天体の音楽という考え方にどういう展開があったのかのお話になりますね。

KIN:
そうしましょう。

【参考文献】

  • 多田武彦(著),『多田武彦男声合唱曲集1』,音楽之友社,1970年
  • プラトン(著),藤沢令夫(訳),『国家(下)』,岩波文庫,1979年
  • 桜井進・坂口博樹(著),『音楽と数学の交差』,大月書店,2011年
  • アリストクセノス/プトレマイオス(著),山本建郎(訳),『古代音楽論集』,京都大学学術出版会,2008年
  • 山口一郎,『実存と現象学の哲学』,放送大学教育振興会,2009年

by KIN 2014/07/10 




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